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126年の歩み -昭和後期~100周年-

鍋林株式会社 126年の歩み

昭和後期~100周年

【お客様の要望にスピーディーに応じるため事業部制を推進】
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会社組織図(昭和47年8月)

第二次石油危機以後の厳しい経済環境の中、変化に対応できる体質と、お得意先の要望に応える仕組み、コンピュータを中心とした社内の合理化を推進しました。 営業本部体制の充実や、積極的な市場開拓、新製品の情報収集のほか、第一線営業マンの研修に注力する人材育成のための研修室を設けました。
さらに、素早い戦略判断による業績の向上を目指し、独立採算制の事業部制を打ち出し、昭和56(1981)年には医薬品事業部、化成品事業部、昭和61(1986)年には食品事業部を発足しました。 平成5(1993)年には医薬品事業部ヘルスケア営業本部をヘルスケア事業部、医薬品事業部を医薬事業部、園芸部をアグログリーン事業部、写真部をTIS(テクノイメージングシステム)事業部、コンピュータ営業部を情報システム事業部に名称変更。
平成18(2006)年には医薬原料事業部、在宅医療・介護事業部、新規開業・医療関連事業部、海外事業部を設立しました。

【アジア地域への海外展開】
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通関を終え、お得意先へ向う輸入原料

昭和40(1965)年頃、台湾を中心に海外取引きを開始。当初は得意先企業の海外進出に伴うスポット的な事業でしたが、お得意先からの要望に応えるために情報収集や調査、商品開発に努めるうちに貿易事業が拡大しました。
平成8年(1996)年、台湾に駐在員事務所(翌年には台湾支店に)を開設、平成9(1997)年には合弁会社「久泰工業股份有限公司」を設立しました。
平成12年(2000年)には化成品事業部がフィリピンで長期駐在を開始。 現在では上海、深セン、大連、天津に拠点を持つ「鍋林(上海)貿易有限公司」のほか、フィリピン、タイランド、マレーシア、インドネシアに拠点を置いています。
急速に拡大するアジア市場を読み解きながら、情報や商品企画などの提案も行い、当社の柱として成長しています。

【時代を先取りし、こだまのように応えるIT化の推進】
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発伝インプット風景

昭和50(1975)年に全社オンライン化システムNACOS(Naberin Automatic Computer System)の準備を開始し、昭和54(1979)年までに第1期システム構築を完了。 翌55(1980)年には在庫管理や売掛管理、発注など、受注から配送まで、処理を分散し、本社で一括管理するシステムを導入しました。
昭和56(1981)年には仕入れ先の武田薬品工業株式会社とオンラインで結ぶ自動発注システムを導入。業界では画期的なこととして注目されました。
昭和60(1985)年には営業マンまたはお得意先が携帯端末で発注できる「Echoシステム(エコー=Electronic Communication Network by Handy Operations)」を導入。「こだま」のように応えられるように、とのネーミングが付けられました。
得意先支援活動の中核となる「VAN(Value Added Network=付加価値通信網)」への基盤となりました。

【物流に留まらない付加価値の創出】
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自社ブランド「ホシクマ」

当社は、単なる物流業ではなく情報や新商品、その他のサービスを提供することで優位性を見いだしてきました。
昭和54(1979)年には食品部に研究室を設置。各営業所に試作室を設け営業マンがお得意先ごとの味づくりの開発にも着手しました。食品添加物の小分け業務は、昭和56(1981)年のPB(プライベートブランド)品「ホシクマ印」の製造へと発展しました。
化成品部門ではIC基板用の洗浄ラインを設置し、医薬品部門では昭和56(1981)年に医薬品や業界に関する情報提供サービス「DI(Drug Information)室」を設けるなど、お得意先の企業にとってプラスとなる付加価値の提案に努めました。

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